こんにちはー、ヒーラーの大澤です。
スピリチュアル業界の人、いわゆるヒーラーやミーディアムの方って
「まず自分のコップを満たしてから、溢れた分を人に分け与えたらいいんです」なんて言葉をよくクライアントさんに投げかけます。
ミーディアムってなに?という方はコチラをどうぞ ⇒ スピリチュアル系のお仕事、スピリチュアルな体質にはどんなものがあるの?
最近の385の記事でも「まず自分を…」というのがちょくちょく出ていましたね。
ただこれって、誰もが納得するような言葉ではないと思うんですね。
僕も始めてその言葉を聞いた時には「いやいやいやいや、まず自分って…ただの自己中じゃん」と思いました。(自己犠牲の美徳みたいなのも、日本には蔓延っているしね)
それに自分のことを大事に出来てなくても、人を大事にすることってある程度出来ると思います。
でも順番として
まず自分が満たされてからじゃないと、いざ人のことを大事にしようとした時に不満や嫉妬が出やすいんです。
「私はこんなに我慢してるのに…」とか「あなたも少しは遠慮しなさいよ!」とかね。
自己犠牲の上に成り立つ善行は長続きしないし、無理がたたれば心身に不調を来します。
昔の僕がまさにそうでした。
「人の喜ぶことをしてあげよう」「相手が可哀想だから自分が引き受けよう」と行動するのですが
「こんなに頑張って人の為に生きてるのに何で報われないんだろう」っていつも不満を抱えていました。
そんな気持ちを抱えたままで常日頃動いていたので、当然エクトプラズムというエネルギーの膿が溜まっていきます。
しかも自分の中にエクトプラズムが溜まっていることに気付かないし、気付いても見て見ぬふりをしました。
人の為に生きても良く思われないこともあったし、災難に見舞われることもありました。
逆に自己中に生きたって好かれることもあったし、状況が好転することだってありました。
「どちらに転んでも良いことも悪いことも起こるのなら、少し自分の気持ちを優先してみようかな。何よりその方が心も身体も楽!」って思ったんですよね。
ちょっとぼやきっぽくなりましたが、書いてて楽しくなってきちゃったので、来週もこれについて書いてきますね笑
ではまた明日〜(^^)/