こんにちはー、ヒーラーの大澤です。
前回は【ヒーラーに頼らずに幸せになる方法は【感謝】と【祈り】で、感謝とは…】というお話でした。
さて、今回は後編ということで、これさえ押さえとけばヒーラーに頼らなくて済むかも!?の、もうひとつ【祈り】についてお話させていただきます。
まずスピリチュアルに於いて
祈りとはとても強力なエネルギーで、相手や状況の好転に物凄く影響があるとされています。
ただ、この【祈り】は基本的には他者や誰かが置かれている状況に向かって行うものです。
これは、他者や自分以外の事柄の為に祈った結果、自身の波長が上がって良縁を引き寄せるという風に謳われています。
勿論、祈りのエネルギーそのものが相手や状況に良い影響を与えますし、その思いが誠実かつ真摯であればあるほどエネルギーの質は高くなります。
自分に対して祈ってはいけないということではないんですが、自分に対してだとどうしても祈りにかまけて行動が御座なりになりやすくなります。
自分のことは『人事を尽くして天命を待て』くらいがちょうど良いかと思います♪
ちょっと話が小難しくなりましたが
単純な話、誰かが自分の幸せを祈ってくれてるって思ったら嬉しいじゃないですか?【祈り】っていわば応援ですよね?
なら前回の感謝同様、自分がされて嬉しいことは人にもしたいですよね♪
そうそうちなみに
よく混同されがちなのですが、【願う】と【祈る】は本来は全くの別物です!
【願う】というのは
「私の息子が○○大学に合格しますように」
「どうか素敵な職場に出会わせてください」
などなど
自分の欲得がメインであり、かつ思い描くものが具体的だったりする場合です。
それに対して【祈る】というのは
「本日も皆様にとりましてより良い一日となりますように」
「ふたりともいつまでもお幸せにね~」
などなど
ベクトルが自分以外の方や状況に向いていて、お願いする内容がフワッとしていますがポジティブです。
更にこの時、神様・仏様・ご先祖様などの霊的な存在に向かって「神様どうかー!」とお伺いを立てる必要は全くありません。
「○○さんが今日も幸せでありますように」「世界が平和でありますように」と、どこに向かってでも無く呟いたり書いたり思ったりしてください。
さてさて
さっきの【願う】の例で、疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、一応解説を…
『息子さんの大学合格』は息子さんの為を思っててとっても良い雰囲気なのに、なぜこれが【願い】に分類されてしまうのか
それは
お相手の方が本当に心の底からそれを望んでいるかどうかは分からないし、【願いが叶う=幸せ】とは限らないからです。
息子さんが『社会の価値観(家族の期待)に沿う』と『自分が感じる幸せ』と混同されてる場合もあります。
それに
この間まで興味なかった世界がある日を境に急に魅了的に見えてしまい、猛烈に方向転換をしたくなる可能性だって0じゃない。
「ココだ!」と思っていた場所が、ある日いきなり思ってもみないような姿に代わって幻滅してしまうことだって絶対にないとは言い切れない。
ならば、価値が変わりやすい【物質的な豊かさ】に焦点を向けるよりも、内側の【幸せ】に焦点を向けて祈ってあげた方が建設的ではありませんか?
願いがかなったとしても幸せじゃなかったら意味ないですし、その願いの根本の目的って『それを得ること』ではなく『幸せになること』だったはずです。
それでは今日もあなたが幸せな一日を過ごせますことを心から祈って
また後ほど~(^^)/